平川忠の現代備前から見える未来

近重博義(企画監修)
禅と備前焼

禅宗は中国の唐時代に成立し、日本には13世紀(鎌倉時代)に伝えられました。禅宗の一派である臨済宗は中国南宋に渡った吉備出身の栄西が日本に請来し、あわせて喫茶の習慣(後の茶道)を日本に伝えたとされ現在も岡山で栄西茶会などの顕彰催事が行われています。会場の曹源禅寺(そうげんぜんじ・岡山市中区円山)は、その臨済宗妙心寺派の禅寺として元禄11年(1698年)岡山藩主池田綱政により、高祖父である恒興と父光政の菩提を弔うため創建されました。禅宗の思想は仏教、儒教、道教の要素が混在していると考えられますが、特に陰陽太極の自然観とか神仙思想といった道教の強い影響を感じます。かの岡倉天心も著書「茶の本」のなかで禅宗をもっとも正当な道教の後継者と捉えておりました。この禅思想がもたらした自然観と美意識が日本美術の基本となり雪舟などに代表される水墨画、その後の 琳派、浮世絵などに展開してゆきます。なかでも茶道において「わびさび」という美意識が嗜まれ、そこで備前陶が重宝されることとなります。このように禅と備前焼には親密な関係が存在していました。

備前焼と吉備特殊器台そして道教

本展において特別に出展された復刻立坂型吉備特殊器台と特殊壷は2年前に平川忠・赤井夕希子・小山真吾の三氏によって再現されたものです。
吉備特殊器台とは日本(大和)成立前夜の弥生時代後期後半(西暦180年前後)に吉備に生まれた祭祀道具で王の葬儀に使用され、日本最大の弥生墳丘墓である楯築遺跡では約30kgという日本最大量の水銀朱とともに使用されました。そしてそれらが出雲の王墓に搬入され、その後奈良大和の古墳初期最大の前方後円墳である箸墓古墳の頂上に現れます。つまり吉備が日本誕生の重要な鍵を握っていたといえます。この特殊器台と同時期に足守川(楯築)周辺では上東式土器が作られその後吉備型甕という当時最先端であった煮炊き用の甕が日本中(西日本)で使用されます。つまり最高の作陶技術と制作集団がこの吉備に存在し、これが現在の「備前焼」の原点ではないのかと私どもは考えています。復刻を体験した平川はその報告書のなかで現代の備前焼の成型に繋がる技術が弥生時代に存在したと述べて、定説である須恵器を備前の原点とする説に対して一歩踏み込んだ仮説を提示しました。楯築遺跡でおこなわれた特殊器台祭祀は道教思想によるものと考えます。この議論に定説はありませんが中国における水銀朱の産地や道教の盛んなエリアが長江下流域であることからも栄西の持ち込んだ南宋の臨済禅との関係に強い興味を持たざるおえません。これをすべて是とすれば特殊器台と備前焼そして道教と禅がそれぞれ大変近い関係にあると考えられるわけで、この四者の関係性に着目し焦点を当てることがこの「禅と備前展」の重要な企画趣旨のひとつです。

野生の思考と土窯プロジェクト

フランスの民族学者レヴィ=ストロースは著書「野生の思考(1962)」などで現代思想の「構造主義」を担った中心人物として知られますが、晩年日本について「過去の伝統と現在の革新の間の得難い均衡を保った唯一の国」と評しました。彼は、西欧近代社会の思考は「自然と人間を分割する」ことで近代化を果たしたが、未開社会に色濃く残る「自然と人間の思考は同じ構造を持ち分割できないもの」という考え方を「野生の思考」とし未来に必要な思考法だと考えました。そして日本は「自然と人間は一体であるという考えを保ちながらも近代化を果たした唯一の国」と評価したのです。その中でも日本人の労働に対する考え方、特に陶工や料理人などの職人気質の労働概念をポイエーシスと表現しました。それは「ある物を自分の目的のために変形して使うのではなく、その物の中にすでに存在する形を外に取り出すと考える。」つまり「土や木が望んでいることを実現する」というものです。これは道教の「無為自然」や「知足」の思想に極めて近く、完璧性を求めないというところも共通しています。そしてこれこそが「備前焼の思考」であり約30年にわたり山を歩き土に向かい合ってきた「平川忠の陶芸」そして「土窯」の精神そのものなのです。

平川忠の土窯は鎌倉・南北朝時代の備前古窯を再現したもので完全な自然循環型の窯です。その熱効率は現代の登り窯を上回り自然環境に最もストレスのないものであると証明されていますが、自然を抽出して作品化することに極めて有効な装置(窯)として今や世界の多くのアーティストの注目を集めているところです。
今回の会場 「曹源禅寺の庭」 では自然を象徴する「庭」とその気心の知れた仲間としての「人間(作家)」その中間に位置する「陶芸作品」の三者による自然循環関係を想起しながらの展示となりました。多くの鑑賞者から「まわりの背景と作品との調和が心地よい」との評価を頂いたことは企画者として「我が意を得たり」という気持ちです。

日本美術が担う役割

アートの本質は「生命賛歌」であり、生命の本能である「種の保存」のためのツールだと私は考えています。古代日本の神話と呪術の祭器であった吉備特殊器台の「弧帯文」には重なる帯が「奥行き、空間、永久」を表現し「永遠の生命」の願いが込められています。これはアート(芸術)の根本概念であり当時の最先端の現代美術であったのだと考えています。
その系譜にある備前焼は呪術性が影を潜めますが、少しゆがみのある形に自然界の均衡が表現され、陶器の土色で無骨な表面にも重層的で深遠な魅力が宿ります。これらはレヴィ=ストロースの指摘する「ブリコラージュ性」「分割主義(divisionism)」の考え方とも重なり、日本的美意識の典型であると考えるにいたりました。

リチャード・E・ニスベットは著書「木を見る西洋人、森を見る東洋人」の中で西洋人の「主体性の観念」(個人主義)と東洋人の「調和の精神」(共同体主義)の分析を通じ現代においてもいまだ交じり合わぬ東西の思考法の違いが存在すると述べています。これは「討論の場において西洋人が多弁で東洋人は寡黙である」とか「Baseball と野球の違い」などの場面でよく感じられることですが「美術・芸術」の世界にも同様に存在します。
しかしながら現在、アートはグローバリズムという潮流に呑み込まれるように欧米型の思考に統一される方向にあるようです。果たして人類は経済の膨張と富の再生産の一点張りで未来を切り拓くことができるのでしょうか?このような時代にアートの果たす役割は極めて大きく、特に日本の果たすべき事の重要性は計り知れません。日本人の自然観と美意識について当の我々が自覚するとともに、東西両者の価値感が融合した新しい未来観を提示することは日本人に与えられた使命だと肝に銘じながら、このような企画を通じて世界中の多くの方々にご覧いただければと願っています。

近重博義